当ブログ、「ラスブロ」は日本ナンバー2のラスベガス観光ブログです。
だからこそ一層の努力を重ねてまいります。
当ブログをご覧いただきありがとうございます(^o^)
自己紹介に入らせていただく前に当ブログの目的を紹介させていただければと思います。
ラスベガスブログを運営している目的
目的その1 はじめてラスベガスに来た人に100%旅行を楽しんでもらいたい。
目的その2 ツアーに申し込まなくても、個人でグランドサークルを観光できる情報を提供する
目的その3 ガイドブックやまとめサイトにはない生きたラスベガスの観光情報を提供する
「日本からラスベガスへ行くというは多くの方にとって特別なことではないでしょうか?」
せっかく貴重な時間とお金を使ってラスベガスに来られたのだから、100%旅行を楽しんでいただきたい。
そんな思いから当ブログは初めてラスベガスを訪れる方向けにブログを運営しております。
また昨今ではグランドサークルのツアーが大人気となり、毎日多くの日本人が大自然に感動しています。
ツアーガイドとして大変嬉しいことですが、同時に問題も抱えています。
それはツアーガイド不足です。
アメリカでは就労までのハードルが高く、そもそも在住日本人が少ないラスベガスでは慢性的なガイド不足とガイドの高齢化に陥っています。
お客様に満足いただけるツアーを毎年旅行会社各社が販売していますが、すべてのお客様のニーズを満たすことは不可能に近いです。
旅行会社都合でどうしても人気のツアーだけしか催行できません。
今の時代は個人で自由に好きな場所へ観光できる時代だと私は信じています。
昔のように大型バスで全員が全員同じ場所を観光する時代は終わったと思っています。
私はラスベガス在住者という立場、ツアーガイドという立場からより正確で生きた情報(鮮度の高い情報)を発信することで個人旅行を応援したいと考えています。
ラスベガスブログを読んでくださる読者の方のデータ
- 記事執筆依頼
- 企業PR・宣伝
ラスベガスブログでは旅行やアメリカに関する記事の執筆、企業PRや宣伝の依頼を受け付けております。
クライアントとのニーズに応え、お互いにWin-Winの関係となるように当ラスベガスブログの読者の方のデータを公開・共有します。
2019年は海外ツアー予約サイト、「タビナカ」様のツアーPR記事を書かせていただきました。
▽PR記事
グランドキャニオンアンテロープツアー日帰り体験レポ【タビナカ】
注意:すべてのデータはグーグルアナリティクスを基に開示をしております。
ラスベガスブログ男女比
若干男性読者が多いですが、海外旅行者の男女比も男性が多い傾向にあるためほぼ男女1:1の割合で読まれております。
ラスベガスブログ年齢層
25歳から34歳の一人旅ユーザーや小さなお子さんをお持ちのファミリー層から直接メッセージをいただくことが多いです。
ラスベガスブログ国別データ
日本からの検索が圧倒的です。
アメリカは34%ですが、ラスベガスに来られた日本人が閲覧すると、アメリカとしてカウントされます。
そのため、おそらく7割〜8割は日本からやってきた旅行者に読んでいただいております。
純粋なアメリカ在住者の割合は少なめです。
その他の国は主に中国、カナダ、ヨーロッパ圏からのアクセスです。
自己紹介
改めまして…
マーク(本名:折原 孝洋)
1989年、徳島県板野町生まれ、埼玉県久喜市育ち。
職業:ツアープランナー
「なんでマークって名乗ってるの?」
「Takahiroって名前はアメリカで少し認知されてきた名前なんだけど、
Markの方が圧倒的に覚えてもらいやすいからね。」
「それで、日本人だけどアメリカっぽい名前の人がいるんだね。
ま、オレは最初からトミーだからカンケーないのかな。」
【スポーツ・趣味】
小学生5年生から地元の少年野球チームに所属。
中学生3年間野球部所属。
高校生ギターを初め、3年間ギター部に所属。
大学生もっとギターを上手くなりたいと授業が終わったあとギターレッスンを受ける。
現在:地元ラスベガスマラソンに出場(2016年2017年)
アメリカに来たきっかけ
(写真はイメージです。)
アメリカに来た一番の理由は結婚です。
22歳の時に日系アメリカ人の妻と結婚し、大学卒業後に渡米。移住しました。
両親が2年ほどアメリカに住んでいたことも影響し、幼いころから海外、特にアメリカに住むことに漠然とした憧れがありました。
アメリカに来る前に準備したこと〜2年間足止めをくらう〜
アメリカ人と結婚してもすぐに渡米はできませんでした。ビザの取得に時間がかかるからです。
結婚した当時、妻はまだ学生、経済力0なためビザがない状態で私がアメリカに渡っても就業できないため自滅行為。
そこでビザを取得するまでの期間日本で働くことにし、大学卒業後は派遣社員としてお金を稼ぎ、節約生活をしていました。
日本にいる間、派遣で司法書士事務所で債務整理をしたり、ソフトバンクでiPhoneを販売しました。
実は英語の勉強は全然してませんでした。
自分の英語力は大学時代は全然アメリカで通用するレベルではなかったです。
ただ結婚する前にアイルランドに2週間だけ留学に行ったことがあり、英語が出来なくてもなんとかなりそうだという変な自信がありました(笑)
また日本で英語を勉強することは効率が悪いと考えていたので、渡米後に少しづつ勉強しようと思いました。
渡米までの期間はとにかくお金を稼ぎ、節制すること。節約生活はアメリカに来た今でも役に立っています。
ボストン
2015年10月ついに渡米。妻の地元であるボストンに移住しました。ビザの取得に約2年もかかりました。
当時は稼いだお金100万円を持って、なんとかやっていけるだろうと、仕事も決めずにやってきました。
英語がまったくできない私はボストンで日本人向けの観光会社への就職を希望しました。ですが冬の時期は寒すぎて日本のお客様は来られないそうです。
また就職を希望した会社は評判が悪く、留学生をこき使い、セクハラまがいのことをしていると噂されていました。
(当時お世話になったルームメイトと一緒にボストンにある二郎系ラーメン「YUMEWOKATARE」へ)
そこで他の職種を探したのですが、残念ながら良い仕事にめぐりあうことが出来ませんでした。
日本人向けの求人はどこも給料が低く、ボストンでは生活ができないレベルです。
ラスベガス
〜移住から就職するまで。ラスベガスで貧乏生活〜
2016年1月にラスベガスへ移住。
3ヶ月いろんなところへ連絡をとり、やっとメールを通じてラスベガスの観光会社に就職が決まりました。日本からの資金は残り60万円になっていました。
3ヶ月で40万円も使ったの?と突っ込まれそうですが、ボストンは家賃が非常に高いのです。
0からのスタートでアメリカでケータイを買ったり、就職活動のために渡航したり、なんやかんやであっという間に40万円に使ってしまいました。
郊外でも家賃は最低1500ドルくらいです。(完全に埼玉の感覚でいましたので、7万円くらいで生活できると思っていました。)
ちなみにラスベガスは月7万円くらいでアパートが借りれます。
ですが、ラスベガスでは車がないと生活できません。どんなボロでも絶対に必要です。
そこで車を買いにTOYOTAの中古車を見に行ったのですが、当時の私はアメリカに来たばかりで信用(クレジットスコア)がなく、車のローンを組むことができませんでした。
妻のスコアで買えると思いましたが、当時妻は大学を中退し、中退後ほぼニートのような生活を送っていたため、奨学金滞納によりスコアが悪く信用がなかったのです。
また義父も当時は失業中でスコアがありませんでした。
正直八方塞がりでしたが、このまま車が買えないと仕事ができないという強い危機感から隣にあった日産のお店でどうにかして車が買えないか頼み込みました。
そこで唯一買える車としてTOYOTAのMatrixをすすめられました。(なぜか日産にTOYOTAがありました!?)
年式は10年以上も古く、走行距離も軽く10万キロを越えていましたが、選択肢がない私は最低限の頭金を払ってあとはローンで買うことができました。
ただし当時のローンは29%という超高金利でした。今ではやっと完済しましたが、正直かなり辛かったです。
〜観光会社での仕事〜
最初はホテル、空港のチェックインを手伝う仕事をしました。
早朝や深夜に仕事が入ることもあり、思っていたよりも大変な仕事でした。
体力・精神力には自信がありましたが、一番ツラかったのは給料。
最初の1ヶ月は手取りで$800(およそ8万円)しかもらえなかったです。
「朝から晩まで働いて800ドル…。生活できない…涙」
というのも時給制ではなく、仕事ごとに金額が決まっており、1本$30のような給与体型でした。
ラスベガスでの旅行会社はこのようなスタイルで経営しているところがほとんどです。
ホテルからホテルまでの車移動はすべて実費。たいした額ではありませんが、ガソリン代も自己負担。
やっと仕事が決まった安堵、感謝もありましたがこのままでは生活できないという危機感が常にありました。
結局仕事がはじまったものの最初の数カ月は給料が低く、日本の両親から20万円を借りました。
それがなければ、アメリカ撤退もありました。今でもとても感謝しています。
〜ツアーガイド部門に転身〜
数ヶ月ホテルチェックインの仕事を続けたあと、同じ会社で自然観光ツアー部門に転身しました。
そこでグランドキャニオン、アンテロープキャニオン、ホースシューベンド、モニュメントバレー、セドナなど大自然を観光してまわる仕事をしています。
おかげさまで、グランドキャニオンやアンテロープキャニオン、ホースシューベンドは通算100回以上来園しています。
多くのお客様のおかげで2017年にJalパック優良ガイドに選ばれました。
コロラド観光局からも素敵なものをいただきました。
私が担当したツアーのお客様からコメントを沢山いただきました。
本当にありがとうございます!!(レビューはベルトラより抜粋)
「そういえば、よくピースの綾○さんに似てるって言われてたよね〜。」
ラスベガスツアーガイドという”仕事”
「毎日グランドキャニオンやアンテロープキャニオンに行けて羨ましい!」
皆様はツアーガイドというとこのような華やかなイメージを持たれる方がほとんどだと思います。
たしかに絶景は見放題。仕事を通して素晴らしい景色を沢山みることができる贅沢な仕事です。
また観光は精神的ストレスが非常に少ないです。”楽しい”を提供するお仕事なので。
ですが、実際に働いてみると良いことばかりではありません。
勤務中の拘束時間が15時間から20時間というツアーがほとんどで、かなりの体力勝負です。
もともと健康なほうですが、頻繁にある外食や不規則な勤務体系に身体を壊しやすくマルチビタミンやプロテイン、アミノ酸、整腸剤など私は
絶対風邪や体調を崩さないようにするため様々な栄養剤を積極的に取り入れて活動しています。
またこの仕事は1本、いくらの世界。固定給はありません。病欠したら給料はなし。
有給休暇もありません。(大手のJTBやHISはわかりません。…ですがあると思います。)
突然の解雇
実は約3年努めたツアー会社を解雇されました。
理由は私が”あるツアー”を断ったから。
そのツアーというのは一日でグランドキャニオン、アンテロープキャニオン、ホースシューベンドを巡るグランドサークルの中でも超人気ツアーです。
朝2時半にラスベガスを出発し帰りは10時ごろという超弾丸日帰りツアーです。
お客様は1回だけの参加ならと、覚悟を決めて参加されますが、ガイドは今までもこれからも何度もツアーをしなければいけません。
そうすると、朝1時半に起床。お客さまを全員ホテルに送迎して帰宅は23時過ぎ。
1日の拘束時間は20時間です。
ちなみに私が会社から受け取っていた給料はその日のお客様人数によるのですが、平均して230ドルです。時給にすると11.5ドル。
派遣社員の頃は時給1500円だったため正直、モチベーションが上がりません。
ですが、私はまだ良い方です。永住権を持っていない社員は150ドルしかもらえません。
時給にすると7.5ドル。ちなみにネバダ州最低時給は8.25ドルです。
ラスベガスの旅行業界では永住権をもっている、もっていないで待遇に天と地の差があります。
「仕事内容が辛いのでこのツアーはやりたくない」
そしたらすぐ解雇になりました。
会社に失業保険の申請を邪魔される
アメリカでは急にクビになることは珍しくないといいます。
ですが、まさか自分がクビになるとはこれっぽっちも思っていませんでした。
「眠れない日々が続いたね…。」
いろいろ悩んだ末、とにかく生きていくためにお金の確保ということで失業手当の申請をしました。
失業手当を政府からもらうためには失業理由と証拠が必要になります。
失業証明なるものをクビになった会社に問い合わせたところ回答はNO。
失業手当の申請は会社側にメリットが何もないため、受け付けてくれませんでした。
しかも証拠のための政府の聞き取り調査で私をクビにした担当者は虚偽報告をしていました。
あくまで私の過失による解雇にし、失業手当を受給させないようにしていたことがわかりました。
結局、会社側の虚偽報告を裏付けするための証拠がないため、私の言い分を政府担当者が理解してくださり無事にお金をもらうことができるようになりました。
細かく状況について連絡してくださった政府の担当者には本当に感謝しています。
「後にわかった事ですが、やはり会社側にひどく嫌われており、感情論で申請の邪魔をされたみたいです。」
「人に嫌われるって恐ろしい…。」
今とこれから
ここまで長々とお付き合いくださいましてありがとうございました。
渡米してから波乱万丈ありましたが、今現在はガイド経験を生かしてラスベガス、グランドサークルの現地情報を発信しています。
ラスベガスのツアーガイドで本格的にブログをやっている人は非常に少ないです。
だからこそ拙いですが当ブログはある程度日本の皆様のお役に立てるのではないかと考えています。
これからも当ブログ「ラスブロ」をよろしくお願いします!
折原孝洋